一言
電車で隙間が出来る理由 2006.02.15

 はるか昔、学生だった頃、あまり真面目ではなかったせいか、朝一番の講義は、必修科目でない限り、受けなかったのですが、その日は何を思ったか早く目が覚めて、朝一番の講義を久しぶりに受けてみるかなと思い立ちました。

 朝の通勤時間帯に乗る電車はいつも殺人的な混雑で、私と隣りに立っている人の骨がゴリゴリ接触しているような痛さと、駅に止まるごとに増えていく人間の圧力に身動きが取れない状態で流れに身を委ねておりました。手をおろしておくと周りの女性から痴漢に間違われたら困るので、両手はいつも胸の所ぐらいまで上げていました。まるで胸のところで手を組んでお祈りしているような格好です。

 その日乗った電車は奇跡的に椅子が空いていました。普通で考えるとそんなことはありえないのですが、ホームに滑り込んでくる電車が止まったとき、電車の外から見て、座席がかなりの幅で空いていました。こんなに混んでいるのに何故そこだけ空いているのか。

 私はその電車に乗り込みました。ドアが開いたときから、けたたましい音で音楽が鳴っています。空いている座席の方から鳴っていました。しかしその座席は空いていたのではなくて、一人の人間によって占領されていたのでした。私は怖い物見たさで少しずつその人物に接近してみました。

 その人物は座席に寝転がって、フルボリュームでラジカセをかけています。自分の頭のあたりにラジカセを置いていたので、自分でもやかましかったのではないでしょうか。たしかピストルズかなにかの入門的なパンクロックだったと思います。マッカーサーがかけていたようなティアドロップ型の980円ぐらいで売っているようなサングラスをかけ、身長は175センチぐらいでやせ型の体型をしています。服装にはあまりお金がかかっていないようで、白っぽいポロシャツに、多分その人の精一杯のおしゃれだったのでしょう、ピンク色のジーパンを穿いていました。

 髪の毛は自分で切ったのでしょうか、つるつるに剃っていました。まるでお坊さんのようです。蓋を開けた缶コーヒーを片手に持って、もう片方の手でタバコを吸っています。一見すると年は当時の私と同じで20〜22歳ぐらいに見えました。しかし他の人に対して悪態をついたり暴力を振るったりするような雰囲気ではなく、ただ自分勝手なふりをしているだけのようでした。

 周りの人たちには迷惑だろうと思いますが、誰も注意しようとしません。あそこまであからさまに怪しいと、あきれて何も言えないという方が正しいのではないかと思います。私も電車に乗るときは座席が空いていても立って窓の外を見ていることが多く、ことさら空いた席に座ろうとも思わないので別に腹が立つというほどでもありません。迷惑だと思う前に、この人はなんで、こんな事をわざわざ満員電車の中でするんだろう、何かいやなことでもあって、深く心が傷ついてヤケを起こしているのではないのだろうかと、いらぬ心配をしています。

 乗っていた電車は山手線なのでそのままほっといたら、何周もグルグル回ってしまうでしょう。もっとその人を観察していたかったのですが、本当にキレて危害を加えられても困るし、学校がある駅に着いたので、やむなく降りなければいけませんでした。私は心の中でその人に向かってヤケを起こすのは今日だけにして、真面目にがんばれよと思ったのでした。


   
 
 © 2006 田中スコップ
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