一言
大阪放浪記 2005.11.24

 昔のことなので記憶が定かでなく地理的な間違いがあってもご容赦願います。

 まだ私が二十代の頃、世の中はバブル景気の真っ最中でした。会社の中では下っ端社員だったのですが仕事が忙しく、日曜も十分に休みが取れないこともありました。そんな忙しい状況の中でしたが仕事が一段落したとき、特別に日曜と月曜の二日間、休みがもらえることになりました。

 休みをもらったからといってなにをしていいのか分かりません。私の交友関係は極端に狭く、会社の気心が知れた同僚以外は特に遊ぶ相手もいないし、ましてや日曜と月曜の二日間も暇な者はいません。しょうがないので一人で大阪に行くことにしました。当時、兵庫県の姫路に住んでいたので、山陽電車に乗って大阪の梅田駅まで約二時間ぐらいだったと思います。

  日曜の朝、早くから会社の独身寮を出たので、九時前ぐらいには阪急梅田駅前には到着しました。そのくらいの時間だと平日と違って、梅田駅の周りは人が混雑するほど多くはいません。立ち食いそば屋や喫茶店以外はどこも店が開いていなかったので駅の周辺を歩いてみることにしました。

 阪急百貨店とJR大阪駅の間のガード下の歩道を歩いていたら、上下ジャージの人が倒れていました。朝のジョギングの最中、意識を失ったのでしょうか。もしくは朝から酒を飲んで酩酊している酔っぱらいでしょうか。道行く人は大半が無視して通り過ぎます。

 私もその人が変な伝染病でも持っていたらどうしようとか、私がその人に声をかけて反対にからまれて暴力を振るわれたらどうしようとか、ネガティブな考えが頭の中を去来します。結局、私もその人をジロジロ見ただけで通り過ぎてしまいました。しばらく歩いてみて、ほっとくわけにはいかないんじゃないかと思って、振り向いてみると、誰かがその人のそばにしゃがんでで声をかけていました。倒れている人は依然として動かない様子でしたが、自分がその役目を果たしていない自責の念もあり、私は逃げるように雑踏の中に消えていきました。

 目的が何もない旅というのは本当に暇です。かといって人の多い街中では座って休憩するにも喫茶店や店に入らなければならずお金が必要です。しかも一人で喫茶店にはいってコーヒー一杯で何もしないで何時間も粘るというのも私には耐えられません。そもそも一人で喫茶店に入るという行為そのものが私にとって心地いいものではないのです。

 梅田駅の地下から地下鉄に乗って難波に行くことにしました。朝十時を過ぎれば段々と街も混雑してきます。難波についてもすることがないので、中古レコード屋に入ったり、本屋で立ち読みしたりと無駄な時間が流れて行きます。昼飯を吉野家の牛丼で済ませ、道頓堀商店街を行ったり来たりしていると、知らない間になにやら怪しげな中年女性が近寄ってきていました。耳元で息がかかるくらいの距離に近づいてくるまで気が付かなかったのですが、突然その女性は小さな声でささやきました。

 「お兄さん、遊んでいかない?」

 私はどきっとして振り向いたら、いかにも不健康そうなおばさんがこちらを見ていました。こんなに人がたくさんいる往来でみんなに声をかけているのか。ついて行ったらどこへ連れて行かれるか分からないので私は無視して歩き続けました。その女性もしつこく客引きをしようとせず次のターゲットへ向かって行ったみたいでした。

 もと来た難波駅方面に戻るため、性懲りもなく同じ通りを通ったのですが、やはりそのおばさんはいました。私はそのおばさんの近くを通らないように、通りの反対側を足早に歩いていきました。

 今度は通天閣に行こうと思って私はまた地下鉄に乗りました。揺れる地下鉄の中は騒がしいけれど私は黙ってつり革につかまり一人っきりの世界を堪能していました。知らない人ばかりいるところのほうが、中途半端な知り合いがたくさんいるところより居心地がいいと思います。

  たしか地下鉄御堂筋線の動物園前で降りて天王寺動物園のそばを通って通天閣に向かって行ったのではないかと思います。その時はフェスティバルゲートも出来ていなかった頃でした。地下鉄を降りても最初はどっちに行ったらいいか分からなかったのですが、通天閣が見えていたので、簡単にたどりつけました。天王寺周辺は梅田駅の周辺と違ってゴチャゴチャしたところという印象を受けます。通天閣の根元にまで来たのですが、エレベーターで上るのに料金がいるみたいなので、上るのをやめて、周辺を散策することにしました。

 新世界の商店街を歩いていると串カツ屋やガラス張りで外から中が見える将棋クラブのような所があり、指輪やアクセサリーをたくさん身にまとったやたらゴージャスなおっさんが将棋を指していました。

 歩くのにも疲れたのでどこか座るところはないかと探してみると、パチンコ屋があったので、所持金を増やしてやろうと思い、パチンコに挑戦することにしました。当然、どの台が出るのか、釘の見方とかさっぱり分からない素人なのでとりあえず店内に入り、椅子に座って周りを観察してみました。

 さすが大阪、いろんな人がいます。その中でも目立っていたのは、三台のパチンコ台を操るおっさんです。黒いスラックスにポロシャツで頭はきっちりと7:3に分けてあり、割と小綺麗な格好をした五十前後ぐらいのおっさんがいました。隣り合った台ではなく、ちょっと離れた三台をグリップの所にコインを挟んで固定したままそれらのパチンコ台を巡回しています。

 そのおっさんは椅子に座るということをせず、玉が無くなりかけたら補充し、グリップの位置を微調整し、まるで技術者のようでした。これが大阪のパチプロかと思い、感心したのですが、いっこうに出る雰囲気がありません。店の人も何も注意しないみたいでした。

 三台も同時に動かしているものだから玉の減りも三倍です。

 本当にこのおっさんは大丈夫なのか。他人事ながら心配になってきましたが、かくいう私もかなりの所持金を減らしてしまいました。やはりパチンコは儲かるシステムにはなってはいないようです。早々と店を出ることにしましたが、あのおっさんはまだやっています。おっさん、ほどほどにしろよと思いながら通りに出ました。やっぱり、通天閣に昇っとけばよかった。

 もう少し静かな所がいいと思って、天王寺公園に行くことにしました。しかし公園に近づくにつれて騒音が聞こえてきます。公園内の通路でカラオケ大会が数カ所で開催されているみたいでした。大音響で演歌を歌っている人、それを遠巻きで見ている観客、しかも出演者はアマチュアなのでしょうが派手な色の着物を着た人や凝ったステージ衣装を着た人がいました。

 近所の人だったらかまわないかもしれませんが、電車に乗るにはちょっと恥ずかしいような気がします。カラオケのスタッフの人でしょうか、スタイルが良くて美しい女性がいたのですが、どうも女性にしては背が高く、カラオケの合間に聞こえてくるその女性の声が太いので、そのとき初めてニューハーフという人種の存在を認識しました。男だと思った時点で背筋が寒く感じて少し鳥肌が立ってしまいました。私にはそういう趣味はないのでなるべく目をあわさないようにしました。

 段々と夕暮れに近くなってきました。誰にも声をかけず、声をかけられることもなく、天王寺公園の階段に座って、カラオケの騒音に身を委ねていました。騒音も時間が経つと夏の蝉しぐれのように気にならなくなります。他にも私のように暇な人間が何人もこの階段に座って、じっと時が過ぎるのを待っています。

 日が暮れてしまう前にどこか泊まるところを確保しないといけません。大阪の町中で野宿というのは抵抗があります。ひとまず梅田に戻ってみることにしました。JR大阪環状線の天王寺駅から電車に乗って大阪駅に向かいました。私のように大阪は滅多に行かない人間にとって、梅田駅と大阪駅が同じ所にあるのは、非常に紛らわしいと感じています。JRの駅で路線図の料金表を見て、梅田がないのに少し焦りました。

 梅田の地下で寿司を食ってから地上に上がり、周囲を見渡すとカプセルホテルという文字が目に止まりました。安くて眠れる所だったら、どこでもよかったので、そのカプセルホテルに泊まることにしました。蜂の巣穴のような積層構造の指定された番号のカプセルベッドにハシゴで昇って潜り込み、横になりました。いつでも泥棒が侵入できそうな頼りない構造の入り口で、財布とか鞄はそのカプセルに持って入っていたため、少し心配でした。外の音もよく聞こえてくるので、夜中ずっと、いびきやら、ゴソゴソする音が聞こえてきて気になって、あまりよく眠れませんでした。かなり慣れた人でないと、こんなところで寝るのは無理なんじゃないかと思いました。

 翌朝八時過ぎぐらいにカプセルホテルを後にしました。歩道をトボトボと歩いていたのですが月曜なのにその時間帯はほとんど人を見かけません。まだ時間が早いから人が少ないのかなと思って、駅の地下街に階段で降りていたその時、私の目に飛び込んで来たのは、こちらに向かって来る大量の人の波でした。

 通勤ラッシュの先頭集団に出くわしてしまったのです。別々の会社が同じ時間帯に一斉に始業時間を迎えるのでしょうか。階段の上の方から見える地下街の幅全部にわたって押し寄せてくる人の頭。オフィス街に通勤する何万という人々VS、私一人。引き返そうかなと思って歩みを一旦止めたけれど、何故か私はそのまま前に進んでしまった。階段を下りきって、少し歩いたところで大量の人間の中に飲み込まれてしまいました。

 みんな働きに行っているのに私自身こんなところでなにやっているんだろうと思いました。でも休みを貰っているのだから堂々と遊んでいればいいのだ。人間と人間の隙間をかきわけて前進しながら考えていました。

 地下の喫茶店でコーヒーを飲みながら、こんなに早く電車に乗って独身寮に帰るのはなんだかバツが悪いので夕方までどかで時間を潰さないといけないと思いました。

 結局、今度は神戸まで行ってあてどもなく三宮、元町、中華街近辺をうろついて、平日の客席がガラガラの映画館で映画を見て帰りました。

 自分で思うとかなりの大冒険をしたと思ったのですが、こうやって文章に書いて読んでみると特別に冒険した感じがしません。暇と少々の小遣いさえあれば大阪ぐらいは日帰りで行けるので取り立ててHPに載せるほどのことでは無いのではないかと思いました。私の青春時代の印象に残っている数少ない非日常的断片を書かせてもらいました。ここまで読んだくれた方、ご苦労様、ありがとう。上に一言と書いているのに一言ではすまなくなってしまいました。
 
 © 2005 田中スコップ
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